ウィンブルドンで優勝した叔母を持つ・沢松奈生子、90年代テニスでの伊達公子とはどんなだった?

沢松奈生子 実家 金持ち

出典:nyarunuko.com/rel=”nofollow”archives/406

沢松奈生子さんと言えば
朝の番組「あさチャン」でコメンテーターをしており
朝から明るくコメントをしているイメージがありますが
以前はプロのテニスプレイヤーとして
90年代を活躍していました。

家族もプロのテニスプレイヤーで活躍されていた
まさにテニス一家。

90年代には伊達公子さんも活躍されており
私が子ども頃テニスと言ったら伊達公子さんと
いった感じでした。

その中で沢松さんと伊達さんはどのような
関係で、ご家族はどのような人たちなのか。

気になりました。

沢松奈生子さんのプロフィール

出身地 兵庫県
生年月日 1973年3月23日
身長 168cm
利き手 右

・曾祖父からのテニス一家。
・母・沢松順子さんは妹の和子さんとペアを組み
1970年 ウィンブルドン女子ダブルスのベスト8に
入ったことがある。
・父・沢松忠幸さんは和子さんと1974年ウィンブルドン
混合ダブルスに出場。
・5歳 父の転勤でドイツ・デュッセルドルフに行き
5年間過ごした。
・ドイツでテニスの腕を磨いた。
・1988年 全日本テニス選手権・女子シングル初出場、初優勝。
・15歳6カ月の若さで優勝したため2番目の年少優勝記録。
ちなみに最年少記録は15歳4カ月の雉子牟田 明子(きじむた あきこ)さん。
・夙川学院高校在学中は2年連続でインターハイの団体優勝している。
・1990年 「シンガポール・オープン」WTAツアーで初優勝。
神戸松陰女子大学進学にしたの同時にプロ入りする。
・1991年 全仏オープンで4回戦までいった。
・1992年 ウィンドブルドン4回戦まで行った。
・1995年 全豪オープン準々決勝までいった。
・1996年 同試合4回戦まで出場。
・1998年 全米オープン2回戦で完敗し引退を決意。
・引退時の世界ランキング43位。
・自己最高シングルスランキング14位。
・引退後、テニスの普及活動やテニス中継の解説者、コラム執筆など、ラジオの
パーソナリティを務めた

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ご家族全員テニスプレイヤーだった。

ご両親と叔母さんさんが全員ウィンブルドン出場し
更に叔母の和子さんは1975年のウィンブルドン女子ダブルスで
優勝。
日本人女子テニス選手で史上初の4大大会をタイトルを
獲得しています。

弟さんがおり沢松登さんといい、東レの実業団テニス部で
活躍されているそうです。
現在は恐らく引退されているかと思います。

旦那さんはボールの行方はボールに聞いてくださいという
テニスの腕前の持ちぬし(笑)
お子さんはテニスをされているそうです。

幼いころからテニスをやり、寝ても覚めても
テニスだったのでしょうが嫌にならなかったところが
本当に好きなんだなと思いました。

ドイツに住んでいる頃は、
初恋の人もテニスをしており、いつも優勝しているので
自分も優勝して隣の写真に写りたいという気持ちも
あったみたいです。
いいきっかけですね(笑)

伊達公子さんとは?

どうやら初めて出会ったのは高校1年生の対戦の時みたいです。
1995年の全豪オープンの時に5年ぶりに
伊達公子さんに勝たれたみたいなので
沢松さんは勝たなきゃという思いは強かったのでは
ないかと思います。

サワコの朝にて

テニス一家ならではの話や伊達公子さんの話、
現在の注目選手である大阪なおみさんや錦織圭さんについても
話されているので全仏に入っている今テニスに興味を持たれては。

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