ベストセラー作家・下重暁子は以前はアナウンサーだった!家族論とは?【サワコの朝】

下重暁子アイキャッチ

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下重暁子さんは以前はNHKのアナウンサーであり
退社してから作家になったという。

『家族という病』でベストセラーとなり、
独自の「家族論」ををかいた下重暁子さん。

気になりました。

下重暁子さんのプロフィール

生年月日 1963年5月29日
出身地 栃木県

・JKA会長
・「下重」の苗字は御典医である。
・9歳の時、疎開先の奈良で終戦を迎える。
・1959年 早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。
・NHKにアナウンサーとして入局。
・名古屋放送局や東京の放送センターに勤務。
・野際陽子はNHK時代の1年先輩。
・1968年 フリーアナウンサーへ転身。
・『長谷川肇モーニングショー』(NETテレビ)他のキャスターをしていた。
・その後、文筆活動に入る。
・芥川賞・黒田夏子さんと早大教育学部の同級生で同人誌仲間。
・2005年 最後の日本自転車振興会(12代)会長に就任。
・2008年 女子競輪の再開を希望し、エキシビジョンで
女子のケイリンレース実施を実現。
・同年 JKA初代会長に就任。
・2011年 退任。

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『家族という病』にて50万部のベストセラー。

『家族という病』にて「親や家族の期待は子どもをスポイルしている」
「配偶者は他人」「夫婦同姓は明治からの制度で伝統でも何でもない」などと書いてあり、家族の価値を否定している。
自立した個人の重要性を強調した。

これに反論して金美齢さんは2016年『家族という名のクスリ』を
出版した。

家族関係に悩んでいるのなら下重さんの本も金さんの本
両方を読んでみて、自分に合った家族論を確立してみるのが
いいのかもしれませんね。

アナウンサー時代は野際陽子さんの後輩だった。

名古屋に勤めていた時は
寮では隣の部屋同士だったという。

お二人ともお酒に強かったらしく
寮の名前にちなんで「荒田のオロチ」と
呼ばれていたという。

仕事には決して影響を及ぼさなかったらしく
酒豪ぶりと野際さんの教えが徹底していたそうです。

男社会がまだ強かった時代で
戦う姿勢を崩さなかったのも野際さんの教えだそうです。

このことから自分の考えを恐れずにいう
精神力の強さが身に着いたのかもしれませんね。

【サワコの朝】

下重暁子さんの『家族論』や年齢に捕らわれない『年齢論』
『孤独』と『寂しい』の違いなど
人生が豊かになるヒントがあるかも。

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