芸人・もう中学生(もう中)さんといえば一発屋なイメージな人も多いのではないでしょうか。
私もその1人です笑
独特な世界観があり笑顔と甲高い声が印象的な芸人です。
この世界観が好き、面白い!と思っていた人たちも多かったと思われますが、なぜかみなくなっていきました。
しかし、もう中学生さんは再ブレイクをしたのです!
もう中学生さんが再ブレイクをしたのはなぜなのでしょうか?
理由がもちろんもう中学生さんの面白さですが、大家さんが的確なアドバイスをしたおかげとの話が!
気になりましたのでまとめてみました!
もう中学生の再ブレイクはなぜ?
芸人・もう中学生さんは段ボールに手書きのイラストを書いたセットを活かし、
「ためになったね〜〜〜」
のオチのフレーズをいうネタを思い浮かべる人が多いのでは。
しかし、現在はコント以外でトーク番組やロケ番組などで活躍をしているのです!
トークやロケのイメージがないのでびっくりです!
再ブレイクをしている、もう中学生さん。
その理由は、特にない笑
特にないというのは、もう中学生さんのやる芸風は変わってないためです。
えっ、と思った人もいるかもしれません。
再ブレイクの理由は、水ダウ(水曜日のダウンタウン)で芸人・麒麟の川島明さんが企画「芸人が一番面白いと思った瞬間」で紹介したのがきっかけだったようです。
川島さんはまわしがとてもうまく、トークの仕方も面白いで無観客ライブのシュールさで企画は大ウケしたそうです。
確かに川島さんのトークの仕方は面白いのでついつい聴いてしましますよね。
その後は、「有吉の壁」「マツコ&有吉 かりそめ天国」など出演番組を伸ばしていいき再ブレイクをしていったそうです。
芸風は変わっていませんが、口コミやもう中学生さん自身も少し前に行くようになり失敗してもめげなくなったところが良かったのではとの話があります。
再ブレイクは麒麟の川島さんと出演していた番組に有吉さんお陰ですね!
しかし元になった最初のブレイクの面白さは大家さんのおかげだったようです。
面白いのは大家のおかげ?
実はもう中学生さんは最初はピンではなく四人組で活動をしていました。
それは漫才がしたいのと、1人で活動するのが怖かったため。
確かにいきなり1人で芸能界という荒波を乗り越えろと言われると怖いのもありますし、不安なのもありますよね。
そのときは4人組でやっていたのもあって、空を飛ぶ人を持ち上げる役でした。
要するに黒子的な存在。
活躍できていませんね。
それを不満に思って、4人組から脱却したわけではなく大家さんのアドバイスから4人組から抜けました。
ある日の大家さん、自身が通っているシルバーセンターにお祭りがあるので4人でネタをやってみなさいという言葉で4人でネタを披露。
その夜、大家宅の夕食にて
「あなた、1人になりなさい」
衝撃的な言葉!
理由は、もう中学生はいいところがあるのに4人だとそれが消えてる。
すごい言葉ですね。
そこから大家さんのアドバイス、
「急に抜けてしまったら売れてしまった場合、三人に恨まれる。」
「1年かけて1人になった方がいい。」
そこから1年後に円満解散しました。
大家さん未来が見ていたようなすごい言葉。
これで急に抜けてたら恨まれていたんですかね。
そこからもう中学生さんはピンになり最初のブレイクが起こったわけですね。
大家さんがもう中学生さんの面白いところを見抜きピンでブレイクしのたで先見のけんがあったんですね〜〜。
しかも、再ブレイクも果たしている。
大家さんすごくないですか!
もう中学生のプロフィール
生年月日 1983年2月14日
出身地 長野県
身長 181cm
血液型 O型
NSC東京校7期出身。
芸名の由来は小学校の卒業文集での作文のタイトルから。
2001年10月に18歳で初舞台。
『商業』というカルテット(4人組)のメンバーで現在も交流がある。
2009年から2010年頃まで『爆笑レッドカーペット』などで活躍。
下火になり芸人を辞めることを考えたが、水ダウで再ブレイクのきっかけに。
まとめ
もう中学生さんの再ブレイクは、面白いのはもちろんのこと水ダウにて麒麟の川島明さんに紹介され有吉弘行さんの番組に出演するようになったから。
ですが、最初のブレイクは大家さんのピンでやりなさいということがきっかけだったため、芸風が変わらずに再ブレイクできたことを考えると大家さんのおかげだといえます。
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